株式会社エマリコくにたち

拝啓、うまい!に背景あり

社長のBLOG

2019.08.31

都市農業をたとえ話で

拝啓 東京農業を応援いただいている皆様

バブルのとき、1年という短い期間のうちに70%も土地の価格があがったということです。

そして当時はまだ固定資産税などを減免する生産緑地制度はありませんでした。

もちろん、固定資産税が高くなることや市街化区域の拡大は、「住宅難」といわれた東京周辺への人口流入に対して有効に作用し、その時代としてはやむを得ないものだったと思います。

しかし、その一方で、バブルから30年を経た今、たとえば23区にもかなり多くの農家が残っています。中央線沿線にも畑があります。この事実をどう理解すべきでしょうか。

農業という職業において、田畑はなくてはならない「道具」です。農業という商売を行うために不可欠な要素です。先祖代々繋いできているという点においては道具以上のものですけども。

その道具に急に高い税金がかけられるというのがバブル期の状況です。
当社は飲食店もやっていることもあって、その状況をこう例えることがあります。
料理人の包丁に急に税金がかかった状況、だと。しかも包丁を売るとかなりのお金がもらえるという状況です。

そうしたときに、貴方が料理人だったらどうするでしょうか?(包丁を使わない料理法を極めるという選択肢はここでは除外します。)

いろいろな選択肢が考えられます。
高い税金を払って料理人として生きるのか。もしくは料理人を辞めて別の道を歩むのか。
料理人によって価値観は異なり、選択は異なるでしょう。どの選択肢が良いとか悪いとかではありません。

しかし、たぶん皆さんはこう思うのではないでしょうか?

「それでもなお料理という道を歩み続けている料理人がいるとしたら、その一皿を食べてみたいものだ」、と。

都市農業とはまさにそういう背景の業界です。
もちろんモチベーションに多少の濃淡があることは否定できませんが、事実として専業農家も存在します。
他の魅力的な選択肢があったなかで続いている農業が、日本には厳然として存在するのです。

だからぜひこう考えてみてほしいのです。

「それでもなお農業という道を歩み続けている農家がいるとしたら、その作物を食べてみたいものだ」、と。

そういう思いで直売所を訪れていただいたなら、きっとなにか発見がある。私はそう思っています。

菱沼 勇介(ひしぬま ゆうすけ)
プロフィール

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株式会社エマリコくにたち代表取締役。
1982年12月27日生まれ。
農地のない街・神奈川県逗子市に育つ。
一橋大在学中に、国立市にて空き店舗を活かした商店街活性化活動に携わる。2005年に一橋大商学部卒業後、三井不動産、アビーム・コンサルティングを経て、国立に戻る。NPO法人地域自給くにたちの事務局長に就任し、「まちなか農業」と出会う。2011年、株式会社エマリコくにたちを創業。第3次国立市農業振興計画審議会委員(2016年)。

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