株式会社エマリコくにたち

拝啓、うまい!に背景あり

社長のBLOG

2020.11.09

企業風土のイメージは野球型?

拝啓 東京農業を応援いただいている皆様

プロ野球のペナントレースがまもなく終わります。
わが東京ヤクルトスワローズ(農業と同じく”東京”を応援しているのですが)は、ダントツもダントツの最下位となりました涙。予想どおりではありますが……。
往年のセーブ王・高津臣吾氏が監督をしているのですが、ネットでは采配について批判されたりもしています。(私自身の個人的な批評は避けておきます。)

しかし、プロ野球というのは、チームスポーツのなかでは特殊です。監督の采配があまり勝敗に影響しないからです。
私はNFL(アメフト)もよく見るんですが、監督の采配ひとつひとつがめちゃくちゃ大事です。”プレイコール”と呼ばれる、1プレーごとのサインによって勝敗が決まるといっても過言ありません。
もちろん、野球でもエンドランやスクイズ、投手交代など、監督の役割が大事な場面もたまにありますが、他のチームスポーツに比べれば相対的に役割がかなり小さいです。試合が始まってからは多くは選手に任せておくしかない、という側面があります。
そういうことで、プロ野球の監督は、残念ながら著名なOBが選ばれやすいです。誰でもできるとまでは言わないまでも、ちょっと向いてない人を任命してもマイナス面があまり目立たないわけです。
その点、NFLは監督の重要性が大きいので、監督は勉強家であり理論家です。現役時代に選手として有名だった人が監督をやっているというケースはむしろ稀です。

では、プロ野球の監督は何をすべきなのか?ぶっちゃけ、誰でもいいのか?
名称と言われた野村克也氏は著書でこう書いています。
『監督とは気づかせ屋である。』

配下のコーチにはこう言っていたそうです。
『教えたいというきみをたちの気持ちはよくわかる。だが、なるべく教えずに、まずは選手たちにやらせてみなさい。』

気づかせ屋である野村監督のチームは、「再生工場」と呼ばれて、ほかの球団をお払い箱になった選手がよく活躍していました。これは本当にすごかったです。
楽天イーグルスに移ってきた山崎武司選手が39歳でホームラン王を取ったときも、野村監督の試合中の”ボヤキ”に山崎選手は目からうろこが落ちる思いで、それを一生懸命に参考にしたということです。
考えてみると、”ボヤキ”って、命令じゃない。参考にするかどうかは本人次第。
そこが重要なポイントじゃないでしょうか。
考えるというプロセスが選手を成長させるわけですね。

企業経営においてもそういう形は理想だなと思っていて、やはりスタッフが自ら考えるということを促していきたいものです。
手取り足取りだと、中長期的には脆弱な組織を作ることになるでしょう。

エマリコくにたちでは、創業来、チームのモットーとして「自由」「信頼」「情報共有」を掲げているのですが、まさしく上司の指示やマニュアルによるのではなく、それぞれがバッターボックスで自主的に考えて全力を発揮する、そんなイメージを目指しています。
言うなれば野球型企業文化、というところでしょうか。

まあ、任せるには、上司からすれば勇気も必要なのでタイヘンな面もあります。
もっとも私の場合、高校時代に中学校の野球部の監督をやったことがあるので、任せておくのは慣れてはいます。(実際のところ、守備の場面ではベンチでできることはかなり少ない。)
仮の話ですが、そのときに私が経験したのがアメフトの監督だったら今のような企業風土にはならなかったのかなあ、と思ったりもします。

で、最近思うことは、任せておくだけでなく、野村監督のようにとは言わないまでも、もうちょっと気づきを与えられる存在になりたいなあ、ということです。

もっとボヤキを活用するのがいいのかもしれませんね?
四六時中、社長がブツブツ言っている。
さすがにそんな会社はイヤか(笑)。

菱沼 勇介(ひしぬま ゆうすけ)
プロフィール

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株式会社エマリコくにたち代表取締役。
1982年12月27日生まれ。
農地のない街・神奈川県逗子市に育つ。
一橋大在学中に、国立市にて空き店舗を活かした商店街活性化活動に携わる。2005年に一橋大商学部卒業後、三井不動産、アビーム・コンサルティングを経て、国立に戻る。NPO法人地域自給くにたちの事務局長に就任し、「まちなか農業」と出会う。2011年、株式会社エマリコくにたちを創業。国立市商工会理事。東京都オリジナル品種普及対策検討会委員(2019年度)。

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