株式会社エマリコくにたち

拝啓、うまい!に背景あり

社長のBLOG

2021.10.03

ニュータウンの異なる顔を発信したい

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拝啓 東京農業を応援いただいている皆様

最初から余談ですが、多摩エリアの街は、たいてい友好都市とか姉妹都市と呼ばれる街を持っています。
ちょっと調べてみると面白いですよ。

立川市は長野県大町市、国立市は秋田県北秋田市。三鷹市にいたっては友好都市や姉妹都市などと呼べるところが福島県矢吹町をはじめ11市町村もあります(ぜんぶ言える三鷹市民はいるのかな?)。
で、多摩ニュータウンの真ん中、多摩市の友好交流都市は、八ヶ岳山麓の長野県富士見町です。

先々月に訪問してきましたが、その名のとおり、扇状地に広がる畑からくっきりと富士山が見える、風景の美しい町でした。

そんな富士見町の物産、そして地元多摩市の物産を販売しているアンテナショップ「Ponte」(京王永山・小田急永山駅前)の運営を、この10月からエマリコくにたちで引き継ぎました。本日(10月3日)が最初の営業日でした。
小さなお店ですが、アンテナショップは初めて運営しますので、当社としては大きなチャレンジです。

約30軒の多摩市内の農家さんが採れたての野菜や果物を納入しているため、当社の取引農家もいちどに30軒ほど増えることになります。

多摩ニュータウンは開発されておよそ50年になります。
課題が多く出てきていて、高齢化はもちろん、都市基盤・設備の老朽化、商業店舗の減少などがあげられます。
(ただし、多摩ニュータウンはかなり広いので、地域によってだいぶ異なるらしいです。今、日曜日の永山駅前の喫茶店でこのブログ書いていますが、若い人や子育て世代が極端に少ないとは思われないし、人通りもなかなかです。)

で、多摩ニュータウンの未来についても考えていきたいなと思っているのですが、今日は別の話を。

私たちがメインで取引している農家さんは、国立、国分寺、立川、日野の各市です。
このうち、国立、国分寺、立川は、多摩川の北側に位置し、地形で言うと河岸段丘です。
歩いているとたまに角度のある坂(ハケと言う)に当たりますが、基本的には平らです。平らな平地が続いて、ハケがあって、そしてまた平らになる。

しかし、多摩川の南側は丘陵地、いわゆる多摩丘陵です。
丘陵の特徴は、尾根が入り組んでいて、尾根と尾根のあいだにごくごく狭い平地ができるということです。扇状地と言うにははばかられる広さの、両側を丘に挟まれている場所。これを「谷戸」と呼びます。
そこにはたいてい水が湧いていたりします。

多摩市の農家さんは、谷戸の畑を耕している場合が多いです。
谷戸は3方を急な斜面に囲まれているので、とっても静か。ニュータウンの喧騒からは隔絶されています。
小鳥のさえずりやカエルの鳴き声がよく聞こえます。ちょろちょろと小川が流れていて。タヌキも出てきたりして。
大げさではなく、桃源郷のような錯覚を起こすこともあります。

谷戸は、どこかノスタルジックでロマンティックな場所です。

そうした谷戸地形は、中央線沿線の河岸段丘地形ではあまりなく、京王線沿線の多摩丘陵にはたくさんあるわけです。

現代では、もちろん、住宅地となった谷戸も多いわけですが、昔からの谷戸の環境を守っている農家さんもいます。
そんな場所で作られた野菜を私たちはこれから売っていくわけです。

谷戸を守っていかなければいけない、そのことへの論理的な説明はできません。もう、なんとなく、これは素晴らしいもののような気がする。そうとしか言いようがない。
田舎に行けば、珍しくもなんともない場所かもしれません。でも、50年前にニュータウンとして開発され、多くの住民がいるこの街だからこそ、そういう場所が残っていってもいいんじゃないか。そう思っています。

エマリコくにたちが、谷戸で採れた農産物を頑張って販売したとしても、それを残していくことに対して決定的な貢献はできないでしょう。
しかし、アンテナショップの役割として、地元にそういう場所がある、ニュータウンとはまた違った顔がある、そういうことを発信し続けていきたいと思います。

菱沼 勇介(ひしぬま ゆうすけ)
プロフィール

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株式会社エマリコくにたち代表取締役。
1982年12月27日生まれ。
農地のない街・神奈川県逗子市に育つ。
一橋大在学中に、国立市にて空き店舗を活かした商店街活性化活動に携わる。2005年に一橋大商学部卒業後、三井不動産、アビーム・コンサルティングを経て、国立に戻る。NPO法人地域自給くにたちの事務局長に就任し、「まちなか農業」と出会う。2011年、株式会社エマリコくにたちを創業。国立市商工会理事。東京都オリジナル品種普及対策検討会委員(2019年度)。

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