株式会社エマリコくにたち

拝啓、うまい!に背景あり

社長のBLOG

2020.02.03

江戸時代から続く。奥深きうど栽培。

拝啓 東京農業を応援いただいている皆様

このブログのタイトルは「背景流通業」の背景と、「拝啓」のダジャレなんですけども、なかなか農産物の背景のことを最近は書けていなかったので、久々の農産物ネタです。

この季節、立川や国分寺の直売所には「東京うど」が並びます。
江戸っ子は初物好き。昔からうどは春を何よりも早く告げる作物として、好まれたそうです。

おととい、日テレ「満天★青空レストラン」でも東京うどが取り上げられていました。
てんぷら、きんぴらうど、春巻き……ととても美味しそうでした!(そして、ビールも美味しそう……。)
ゴールデンタイムの番組なので、うど特需が来るんじゃないか、そこまでの視聴率ではないかな……などとそわそわしています。
直売店のほか、「東京農村」(赤坂見附)の飲食店2店舗でも、うどメニューを展開していますので、ぜひご賞味ください。

先日は、私が企画したイベント「農家と食べようin東京農村」で、長くうどを栽培している、国分寺中村農園の中村安幸さんのお話を聞くことができました。

  • うど栽培がはじまったのは19世紀のはじめ、江戸時代から!
  • 国分寺では多い時は100軒ほどの農家がうどを作っていた
  • 関東ローム層の土地に3メートルほどの室(むろ)を掘って、そのなかで育てる
  • 真っ暗な中で育てるので、白くてアクのないものが育つ(山菜が苦手な人でも大丈夫)
  • 最盛期は、一日に200箱を市場に持って行った

そして、栽培方法には他の野菜にはない、じつに珍しい点があります。
根株というものを室のなかに植えて、根株の脇から可食部のうどが生えてくるのですが、この根株がどこから来るのか?

根株はいちど夏のあいだに大きく成長したうど(葉を茂らせる)が、秋になり地上の部分を枯らせたものなんですね。

根株栽培は当初はそれぞれ農家自身の畑でやっていたのですが、連作ができないこともあってかなり広大な土地が必要でした。そこで、中村農園では所沢の知り合いに育成を委託することになります。そして、所沢でも狭くなり、いまでは群馬と茨城の農家さんに根株の育成を委託しているということです。
(上)晩秋の根株掘り。(下)春の根株植え。いずれも北関東の畑。

そして、さらに面白いことに、根株の大本はなにかといえば、国分寺で育ったうどの根元をまた茨城や群馬で植えることで根株に育つのです。
つまり、うどの個体は国分寺と北関東を何度も行ったり来たりしている!

その行き来のなかで、春先に出てきた芽を私たちは食べているというわけです。

室のなかでの作業や根株の収穫はなかなかの重労働で、昔ほど需要がないので栽培農家は減少しているのが現実です。
しかし、江戸っ子に好かれたという伝統の食べ物を残していきたいではありませんか!

ぜひご賞味ください。

菱沼 勇介(ひしぬま ゆうすけ)
プロフィール

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株式会社エマリコくにたち代表取締役。
1982年12月27日生まれ。
農地のない街・神奈川県逗子市に育つ。
一橋大在学中に、国立市にて空き店舗を活かした商店街活性化活動に携わる。2005年に一橋大商学部卒業後、三井不動産、アビーム・コンサルティングを経て、国立に戻る。NPO法人地域自給くにたちの事務局長に就任し、「まちなか農業」と出会う。2011年、株式会社エマリコくにたちを創業。国立市商工会理事。東京都オリジナル品種普及対策検討会委員(2019年度)。

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