株式会社エマリコくにたち

拝啓、うまい!に背景あり

社長のBLOG

2017.08.18

ファーストペンギン、ビールの海を泳ぐ

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拝啓 東京農業を応援いただいている皆様

おかげさまで、7月6日開業の新店「CRAFT! KUNITA-CHIKA」(切りたて生ハムとクラフトビールの店)は好調に推移しています。

写真は店の壁に描いてある絵なのですが、このお店のモチーフは「ファーストペンギン」です。

すなわち、ペンギンたちが群れで岩場の端っこまで行く。魚を捕るためには海に飛び込まなくてはいけない、だが海には天敵もいる。おい、誰か、先に行けよ~。
そうして逡巡する群れのなかで、はじめに飛び込む一羽、それをファーストペンギンと呼びます。

新店やエマリコくにたちが、地域のなかで、先頭に立ってリスクをとり新しい価値を作っていく、そういう意気込みを表しています。

このお店に置いているクラフトビールは、ストーリーがユニークなものが多いです。
なかでも、厚木のサンクトガーレンの創業の話こそ、ファーストペンギンに喩えるのにふさわしいものでしょう。

90年代始め、サンクトガーレンの創業者岩本伸久さんは、アメリカでエールビール=当時日本で売られていたのはほとんどがラガービールだった=の美味しさに目覚め、これを日本で作りたいと思った。
ところが、日本では製造量2000キロリットル/年ないとビールを作れないという、とんでもなく高い規制の壁があったのです。そこで普通は諦めるわけですが、岩本さんはアメリカで醸造免許を取得、逆輸入する形で自分で作ったエールビールを日本に持ち込んだのです。

すると、この岩本さんの挑戦を米タイム誌やニューズウィーク誌が取り上げることになり、その記事は日本でも読まれることになります。このことが時の細川内閣を動かし、94年に製造量を60キロリットルまで緩和することとなったのです。
晴れて岩本さんは醸造免許を日本であらためて取得、他にも小さなブルワリーが次々と誕生しました。

つまり、一個人である岩本さんのアメリカでの挑戦がなければ、日本でのクラフトビール文化の醸成はまだまだ遅くなっていたかもしれません。

岩本さんはエールビールの魅力を発信するために、いまも常に新しい商品を開発しています。それをひとつひとつ紹介すると長くなるので、ぜひ私たちの店で皆さん自身の舌で試していただきたいなあ、と切に思います(ええ、もちろん宣伝です)。
日本のエールビールの祖が作ったビールと思うと、味わいも格別ですよ。

ということで、私たちエマリコくにたちも、今は小さい存在ですが、果敢にリスクを取りながら世の中を変えていく存在になりたいと考えています。すなわち、日本のファーストペンギンの一翼を担いたいと、そう希望しています。

菱沼 勇介(ひしぬま ゆうすけ)
プロフィール

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株式会社エマリコくにたち代表取締役。
1982年12月27日生まれ。
農地のない街・神奈川県逗子市に育つ。
一橋大在学中に、国立市にて空き店舗を活かした商店街活性化活動に携わる。2005年に一橋大商学部卒業後、三井不動産、アビーム・コンサルティングを経て、国立に戻る。NPO法人地域自給くにたちの事務局長に就任し、「まちなか農業」と出会う。2011年、株式会社エマリコくにたちを創業。第3次国立市農業振興計画審議会委員(2016年)。

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